羽田空港にお客を送り、銀座営業所へ向かったハイヤードライバー・Aは、国道一号線品川駅を過ぎ、300メートルくらい行ったところで、黒いものが左から右に横切ろうとしたように見えた。
ある秋の午後7時30分頃のことです。
Aは、あわてて急ブレーキを踏んだが、ドスンという音がして何かにぶつかった感触がありました。
車を止め、夕闇迫る東京の町並みを見まわした。
Aのことなど見向きもしないで、町は動いているようだった......。
Aには、二人の子供がいました。
大学へ行けなかった彼は、長女のB子を短大へやった。
そのB子が職場で知り合った同僚と一か月後に結婚することになっていました。
また、長男のCは、来春大学を卒業して、中堅銀行に就職することが内定していました。
大学を出ていなかったばかりに30年以上も下積みの苦労をしてきたAは、娘と息子には自分と同じ思いをさせずにすんだ、という誇りのような喜びのような感情がありました。
Aは、はっと我に返り、窓を開け外をのぞいた。
人が倒れていました。
だが、他に事故に気づいた人はいないようです。
その一瞬、Aの頭の中をさまざまな思いがかけ巡った。
もし事故を起こしたことが新聞にでも出たりしたら、それまで模範ドライバーで通してきた会社はクビ。
娘の結婚は破談。
息子の就職も取り消し。
すべて悪いほう、悪いほうへと思いがいってしまう。
次の瞬間、Aは車のアクセルを思いきり踏んでいた。
振り向くと、路上の被害者が彼をにらみつけているような気がしました。
Aは、都内をあてもなく走り回った。
やはり現場に戻ろうか―そんな思いもあった。
日比谷の交差点にさしかかったとき、ふとある考えがひらめいた。
もう一度事故を起こせば、前の事故の傷を隠せるのではないか、と。
Aは、交差点で止まっていた前の車に、ドライバーには傷を負わせない程度にぶつかっていった。
そして、全面的にあやまり、名刺を渡し、修理費はすべて支払うと示談ですませて、ほっとした気持ちで営業所に戻った。
しかし、そこで待っていたのは、ひき逃げ事件の重要参考人を待つ刑事たちだったのです。
これは、合宿免許で聞いた話なんですよね。
リアルに怖い話しでした。みなさんも気をつけましょう。